競馬の歴史や競馬の起源・専用語

競馬レース発祥の歴史と専用語・豆知識

発祥の歴史のイメージ

楽しい・・競馬レース発祥の歴史と豆知識 

競馬の歴史や競馬の起源については、一概に述べられませんが・・
歴史をひもとけば・・紀元前8世紀末の吟遊詩人ホメーロス(英名;ホーマー)が
叙事詩『イーリアス』(英名;イリアッド)で謳っているところの戦車競馬が起源とされます。
また、洞窟壁画などでは、紀元前のエジプト文明や、
ローマ帝国時代には、既に、競馬レースは存在していました。
アラビア半島アラブ民族ベドウィンによる競馬レースや、
アジアでは、蒙古の騎馬民族ジンギスカン時代にも競馬レースはありました。

それは、
世界各地に自生して家畜にしていた馬に、馬銜(はみ)をかける人間の知恵と習慣;
【馬の口は前歯12本の切歯があり、切歯のうしろはかなり広い歯の無い部分があり、
その奥に臼歯(奥歯)が並んでいて、丁度、この歯のない部分に馬銜と手綱(たずな)を掛け、鞍(くら)を置く人間の知恵】
が共通していたのです。

日本の各地では、戦国時代の武将による競馬=武術競技会(群馬県相馬追い祭り)や、
江戸時代の初期(1636年)には、高田の馬場(現・東京都新宿区)で、
徳川三代将軍家光により旗本達の馬術の訓練や流鏑馬などのための馬場が造営され、
参勤交代で江戸城に務めた各藩武将の(騎馬)腕自慢競馬レースが行われていました。

日本で最初に洋式競馬が行われたのは、
1861年に横浜市中区相生町で居留外国人の主体による競馬が開催されました。
明治時代に入り、明治天皇の富国強兵政策での馬産振興奨励の下、1884年~1892年まで春と秋に東京・台東区上野の不忍池周回コースなどで競馬が行われていました。
それらの模様は、浮世絵(上野不忍大競馬図=左回りコース)に記録されており、当時の風情が垣間見られます。 

浮世絵イメージ

1884年・明治17年に上野不忍池畔で開催された天覧競馬会で、優秀馬には「帝室御章典」を授与され、「帝室御章典」は、今日JRA競馬で春・秋に開催される「天皇賞」のルーツである。

また、欧米式競馬場(通称:根岸競馬場)は、幕末の1866年、横浜の外国人居留地における娯楽施設として、米国人によって建設され常設競馬場として横浜市中区根岸の高台に建設され、ここの競馬場(右回り)で、1888年より日本で初めて馬券の発売が行なわれました。

1907年に日本競馬会(JRAの前身)によって(現・東京都目黒区に)開設されたのが目黒競馬場です。1932年に近代競馬の基幹競走となる東京優駿大競走(現在の日本ダービー)が創設され、記念すべき第1回日本ダービーは、この目黒の地で開催されました。
翌1933年春季の開催を最後に、当地での開催は終了し競馬場が廃止され、その役割を同年秋に、米NY州ベルモント競馬場を模写して竣工となった北多摩郡府中町(現・府中市)の東京競馬場に移転されました。
そして今日の通称【府中競馬場】と、愛称で呼ばれています。
東京・大井競馬は、現在東京都23特別区が、その運営開催している公営大井競馬場で、
【TOKYO CITY KEIBA (TCK)】と、言って競馬ファンは区別しています。

競馬(競馬場の規模)の設立には、各国それぞれに歴史があり、
その近代競馬コース場として、現存最古の記録として文献で残されているのは、
【1540年】英国において、世界初の競馬場(チェスター競馬場)が建設され、
近代競馬(正式のルールと専用の施設=競馬場に基づく競馬)が行われるようになったそうです。

競馬レース発祥の地

サラブレッド競馬レース発祥の地は英国であり234年前の
1780年5月4日に第一回エプソム・ダービーステークスが嚆矢(こうし)役となり幕開けしました。
そのエプソム・ダウンズ競馬場は1661年に設立され、この年に最初のレースが行われたと記録されています。エプソム・ダウンズ競馬場は馬蹄形のコース設計↓です。 

馬蹄形のコースイメージ

海外・イギリスの競馬場

1764年サラブレッドの伝説的な優駿馬 エクリプス号が英国で誕生しました。
この世に生を受けたサラブレッドが目指す、一番の栄冠、
それが今日にも継がれ至るる、3歳馬の関門である5大クラシックレースです。
競馬の中核をなすこれらのレースの体系が整ったのは18世紀末から19世紀にかけて、
1776年にはセントレジャー、1779年にオークス、1780年にダービー、1809年に2000ギニー、そして1814年に1000ギニーがそれぞれ英国で誕生しました。

ギニー(guinea)とは

当時の英国の謝礼金や報酬の金貨の貨幣単位でした。
1着本賞金が2000ギニー、1000ギニーだったことから、そう呼ばれました。

ダービーステークス(Derby Stakes)とは

英国のエプソムダウンズ競馬場の芝約1マイル4ハロン10ヤード(約2423メートル)で行われるレースです。

今日でも有名な英・ダービー卿の結婚の機を祝しての発案で、牝馬のみでのレース
【1779年】第1回オークスがダービー卿所有地のエプソムの丘の馬蹄形コースで開催され、
翌年の【1780年】第1回エプソム・ダービーステークスが同コースで開催されました。
それは1540年以降の、ずーと後世のことなのです。
その後も、レース施行規則の種々諸々が見直され英国の5大クラシックレース施行方式が、
現在世界の近代競馬の礎(いしずえ)として成り立っています。

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